一か月過ぎた
あらあらあら
あっという間に一か月、どころかこちらにきて5週間くらい経ちました。
生活も安定してきて、精神的にも今は落ち着いてきたかなというところです。
さて、今回は久しぶりに更新したので、この一か月の中の葛藤みたいなものを書いていきたいと思います。
ご存知の通り私はこのアゼルバイジャンという国で5か月間、UNRCOでUNボランティアとして働いています。まあ、UNボランティアは正規で働いている人たちに比べれば下っ端、なので日々のお仕事をもらうのですら厳しい状況です。
私がいなくても回っていた職場に、私が来た。
それだけのことなんです。
だから、私がいなくてもこの職場は十分仕事が果たせているし、何か成し遂げたいという気持ちで来るのが間違っているのではないかと私自身気持ちの整理がついていませんでした。
そして10月24日、その日はUNRCOが一年のうちで最も力を入れていると言ってもいいUN Dayがあったんです。その週はそれはもう職場全体が忙しくて、他のイベントも何かと多かった週ということもあり、猫の手も借りたいとはまさにこのことだったのでしょう。もちろん私の元にも雑用とはいえいつもより多い量のお仕事が回ってくるようになりました。
でも、なんだかうまくいきません。
ただネームタグを作ってほしいと頼まれただけなのに3回も作り直す羽目になったり、
ただインスタにコピペした内容を投稿してほしいと頼まれただけなのに写真のサイズを間違って結局他の同僚の手を煩わせてしまったり、
イベント用配布プリントの修正を頼まれて作ったプリントが不評だったり。
肝心のUN Dayでもただひたすらインターンの子について回って、配布物の補充をして、撤収のお手伝いをして…それで?
それって誰にでもできる仕事。きっと私じゃなくても業者さんがやってくれる。というか業者さんの方が働いてる…。
私って何のためにここまで来たの?
ていうか誰にでもできる仕事を任されて当たり前にできない私は何なの?
UN Dayが終わって、大したこともしてないのに疲れて帰ってきて、まだそこまではポジティブを保てていました。
「私はここに働くと同時に勉強しにも来てるんだから大きなイベントに関わらせてもらっただけでよかったじゃん!」
「エリカは○○しておいてねって指示ももらえてある意味頼ってもらえてるじゃん!」
「朝から晩までノンストップで働いてたんだし疲れて当然!しっかり休もう!」
そうやって自分に言い聞かせているうちに上司からグループにメッセージが送られてきました。
「今日は皆お疲れさま!あなたたちがいなければ成り立たないイベントでした!」
「今日はゆっくり休んで、また来週にでも成功を祝おう!」
「あと、インスタに投稿もよろしくね!」
あ、仕事だ。しかも私がやれるやつ。
みんな疲れているだろうし、私しか既読つけてないし、よっしゃやろう!と思い、私がやりますと返事しました。
そして写真とコピペした文を付けて投稿。やり切った感と一緒に上司に投稿完了の旨をグループ内で報告しました。
すると上司から
「うん、これはこれでいいんだけど、写真のサイズが間違ってる。」
と送られてきました。
あーーーーーーーーーーー…
またやったわ。誰にでもできる仕事を当たり前にできてない私。
すごく焦って、すぐに返信しました。
「ごめんなさい。消してやり直します。」
これでリベンジはできる。やり直しがきくからまだ大丈夫、と思っていました。
上司から送られてきたメッセージは
「ううん、私たちでやるからもう大丈夫よ。」
でした。
ああ、見限られたか。と一瞬で頭が冷えていきました。
と同時にすごく自分に腹が立って仕方なくて、絶望しました。
そのメッセージを皮切りに上司は他の同僚とアゼルバイジャン語でやり取りを始めました。あなたには期待していないし任せた私が間違ってたわと言われたような気がしました。勿論グループで話をしているので私がミスしたことも周知されています。同僚にもポンコツ日本人だと思われたような気がしました。
なんだか怒りとか悲しみとか悔しさとか孤独とか不安とかいろんなものがこみあげてきて、家で一人で号泣しました。
なんで私ってこんなにできない人間なんだ
私ってこんなにできない人間だったのか
私の存在意義ってなんだ
こんなの私がいない方が仕事がスムーズに進むんじゃないか
迷惑かけてばかりで何もできていないじゃないか
とずっと頭で自分のことを責め続けました。
とっさに申し訳なさが限界を超えて、上司に「仕事を増やしてしまってごめんなさい」とメッセージを送りました。
帰ってきた言葉はすごく優しくて、「ああエリカ、気にしなくていいのよ。全部問題ないの。またやり方を教えてあげるからね。」と言ってくれました。
でもその時の私はもうそんな言葉信用できるほど落ち着いていなかったので、ああきっと明日から仕事を任される量も減っていって、インターンの子のお荷物になって、結局何もできないまま情けない自分で日本へ帰るんだと自分を貶めることしか考えられませんでした。
その後、このままでは危ないと思ったのであらゆる周りの人に相談をしました。
ネパールで学んだ周りの人の大切さや頼ることの大切さがその時役に立ちました。
親友で、いつも私を助けてくれるインターンの同僚
他の国に派遣されている仲間
いつも私を応援してくれる先生
相談した人は皆言葉は違えど自分も同じ体験をした、皆最初はそうだし、そんなに落ち込まなくていいと励ましてくれました。
何より元国連職員だった先生がかけてくれた
「君がいなくても回った職場が、君がいることで少しでもよく回るようになるといいですね。」
という言葉が肩の荷を軽くしてくれた気がしました。
その週の大学に提出するレポートでも、私のいつもと違う精神状況に気が付いたのか、入学当初から面倒を見てくれている職員さんがわざわざ私宛にメールを書いてくれました。それも長い文章で丁寧に私の長所と励ましの言葉が書いてありました。
「山田さんが笑顔でお仕事しているだけでも周りの人も楽しくお仕事ができていると思いますよ」と言ってくれました。
前までの私であればこんなに励ましに甘えてしまっていいのだろうかと悩んだところでしょう。しかし、ネパールで自分を応援してくれている人がどれだけ大切かを知りましたし、私を応援してくれている人がたくさんいることもわかっています。
その期待に応えることではなく、その人たちに向けて恩返しができるように自分なりにできることをするのが正解なんだと思えました。職員さんがかけてくれた
「できないことに目を向けるのではなく、できたことに目を向けましょう」
という言葉の通り、何ができなかったかではなく、今日は何ができた、新しいことを覚えたということを日々積み重ねていこうと決心できた一か月になりました。
私自身、かなりメンタルが弱い人なのですが、日本で、違う国で応援してくれる仲間や家族や先生や先輩や友達のおかげで今の自分が保てています。
ネパールの時は帰国する直前で気づいたことでしたが、今回はそれが一か月で役に立ったと思うと少しは成長できたかなと思います。
長々と語っちゃいましたが、一か月経過して山田はこんな風なことを考えていました。
これからも無理のない程度に私らしく頑張っていきます。